マツダを2度救った!?COTY2度受賞したデミオの質実剛健な歴史 [ホットキーワード]
受注とても好調なようですね。
マツダのデミオは
今年2014-2015年日本カーオブザイヤー(COTY)受賞の前にも
2008年に受賞と2度受賞経験がある
マツダ・・そして日本を代表する車です。
躍動感のあるデザインや新型ディーゼルエンジンが評価され注目されていますが、
デミオの歴史は一言で言えば質実剛健な歴史であったと感じています。
◇初代デミオは1996年に誕生しました。
1990年代中盤は、バブル崩壊真っ只中
車の主流は、少しずつセダンタイプから
ミニバンタイプに切り替わっていった時代でした。
便利で広いミニバンは
たくさんの用途に使える事から、重宝がられましが、
ミニバンは車高の高さから
駐車場の車高制限の問題を抱えていました。
そこで、マツダが考えたコンセプトが
『車高を低く設定した小型ミニバン』
そして、生まれたのが『デミオ』だったわけです。
コンパクトでありながら機能的かつ荷物を多く積める移動手段に徹したデザインと
コンセプトが受けて、多くの人に受け入れられました。
当時のマツダは急激な多チャンネル化の失敗で
経営難に陥っていましたが、それを救ったのも
このデミオが一躍買ったようです。
◇二代目はキープコンセプトの正常進化といえるモデルチェンジでしたが、
三代目はガラリと方向を変えてよりコンパクトで
スタイリングもキリッと引き締まったスポーティー路線へと変化しました。
2代目デミオ
3代目デミオ
この当時、どのメーカーの車もモデルチェンジのたびにボディーサイズが大きくなる傾向が
あった中、あえてこの代のデミオは全幅以外の小型化がなされました。
この頃から、燃費性能向上の飽くなき追求が
始まっていたのかもしれませんね。
そして、この代で日本カーオブザイヤー受賞しました。
しかし、栄光の影で
マツダの経営はかなり逼迫した状態であったそうです。
リーマンショックや東日本大震災で円高が進んだ事が
原因で業績は低迷していました。
◇マツダの維持をかけた反撃の一手!
マツダは生き残りをかけて、構造改革に乗り出しました。
それは、『モノ作り革新』と呼ばれていました。
全ての工程を見直し、デザインを一新
そして生まれたエンジンが
『スカイアクティブエンジン』
そう、新型デミオにも搭載されている高性能エンジンです。
3代目モデルの後期にも、このスカイアクティブエンジンは搭載され、
燃費性能で高い評価を得ました。
デミオの売れ行きは好調で、
国内のみならず海外でもシェアを順調に伸ばしていきました。
そして、2014年
今年発売された最新型の4代目デミオは、
デザインテーマである『魂動』(こどう)を導入し
より魅力的な車として、
2度めのカーオブザイヤーの栄冠に輝く事になりました。
結果として、マツダを2度救ったデミオは、
コンパクトカーでありながらも 質実剛健な歴史を作ってきた車ではないでしょうか。
これからも、未来を見据えた
エッジの効いた会社であって欲しいと
陰ながら応援したいと思います。
※画像はマツダ公式サイト及びWikipediaより抜粋
http://www.mazda.com/jp/about/history/
http://www.demio.mazda.co.jp/
http://ja.wikipedia.org/wiki/
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マツダのデミオは
今年2014-2015年日本カーオブザイヤー(COTY)受賞の前にも
2008年に受賞と2度受賞経験がある
マツダ・・そして日本を代表する車です。
躍動感のあるデザインや新型ディーゼルエンジンが評価され注目されていますが、
デミオの歴史は一言で言えば質実剛健な歴史であったと感じています。
◇初代デミオは1996年に誕生しました。
1990年代中盤は、バブル崩壊真っ只中
車の主流は、少しずつセダンタイプから
ミニバンタイプに切り替わっていった時代でした。
便利で広いミニバンは
たくさんの用途に使える事から、重宝がられましが、
ミニバンは車高の高さから
駐車場の車高制限の問題を抱えていました。
そこで、マツダが考えたコンセプトが
『車高を低く設定した小型ミニバン』
そして、生まれたのが『デミオ』だったわけです。
コンパクトでありながら機能的かつ荷物を多く積める移動手段に徹したデザインと
コンセプトが受けて、多くの人に受け入れられました。
当時のマツダは急激な多チャンネル化の失敗で
経営難に陥っていましたが、それを救ったのも
このデミオが一躍買ったようです。
◇二代目はキープコンセプトの正常進化といえるモデルチェンジでしたが、
三代目はガラリと方向を変えてよりコンパクトで
スタイリングもキリッと引き締まったスポーティー路線へと変化しました。
2代目デミオ
3代目デミオ
この当時、どのメーカーの車もモデルチェンジのたびにボディーサイズが大きくなる傾向が
あった中、あえてこの代のデミオは全幅以外の小型化がなされました。
この頃から、燃費性能向上の飽くなき追求が
始まっていたのかもしれませんね。
そして、この代で日本カーオブザイヤー受賞しました。
しかし、栄光の影で
マツダの経営はかなり逼迫した状態であったそうです。
リーマンショックや東日本大震災で円高が進んだ事が
原因で業績は低迷していました。
◇マツダの維持をかけた反撃の一手!
マツダは生き残りをかけて、構造改革に乗り出しました。
それは、『モノ作り革新』と呼ばれていました。
全ての工程を見直し、デザインを一新
そして生まれたエンジンが
『スカイアクティブエンジン』
そう、新型デミオにも搭載されている高性能エンジンです。
3代目モデルの後期にも、このスカイアクティブエンジンは搭載され、
燃費性能で高い評価を得ました。
デミオの売れ行きは好調で、
国内のみならず海外でもシェアを順調に伸ばしていきました。
そして、2014年
今年発売された最新型の4代目デミオは、
デザインテーマである『魂動』(こどう)を導入し
より魅力的な車として、
2度めのカーオブザイヤーの栄冠に輝く事になりました。
結果として、マツダを2度救ったデミオは、
コンパクトカーでありながらも 質実剛健な歴史を作ってきた車ではないでしょうか。
これからも、未来を見据えた
エッジの効いた会社であって欲しいと
陰ながら応援したいと思います。
※画像はマツダ公式サイト及びWikipediaより抜粋
http://www.mazda.com/jp/about/history/
http://www.demio.mazda.co.jp/
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